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2021.04.20インタビューピックアップ

【特別対談】『見たことのない文化財』ー8K映像で美しく再現された文化財の裏側を制作陣に訊く【前編】

『見たことのない文化財』ー8K映像で美しく再現された文化財の裏側を制作陣に訊く

TEXT / PHOTO / EDIT_ NINE GATES STUDIO 神山 大輝

 

――はじめに、皆様のプロフィールを教えてください。

国見:NHK制作局第六制作ユニット新領域開発チーフプロデューサーの国見と申します。NHKに入局したのは平成9年のことで、主に番組制作ディレクターをやってきました。世界遺産を取材する番組や『あさイチ』の立ち上げなど、さまざまなジャンルの番組を幅広くやってきた中で、2019年に現在の部署に入りました。「これまでとはまったく違う手法で番組を開発しよう」というコンセプトを持った部署で、従来の枠組みではなく外の新しいテクノロジーを積極的に取り入れた番組の開発を行っています。

鈴木:NHK放送総局メディア開発企画センター所属の鈴木です。2001年から3DCG技術の開発に取り組んでおり、当時からSGI Onyxでリアルタイムに動くキャラクターをつくるなど、現在の技術に繋がるような基礎研究を長年続けてきました。ゲームエンジンがない時代から現在まで、一貫してコンピューターグラフィックスに関わるところを中心に仕事を進めてきました。

天見:ヒストリア・エンタープライズ  アーティストの天見です。入社前は広告系などプリレンダーの映像制作を行っておりましたが、最先端の技術を求めていくうちにUE4に辿り着き、UE4ならヒストリアだろう!ということで2020年1月に入社し現在に至ります。本プロジェクトでは3Dモデルの最適化や質感表現、UE4シーン構築などを担当しました。

橘内:ヒストリア・エンタープライズ  エンジニアの橘内です。独学でUE4を学び、2020年3月にヒストリアに入社しました。プロジェクトではエンジニアリング全般を担当していますが、特に動きの部分や操作まわりの設定などに注力して作業しました。

 

――今回制作された『見たことのない文化財』について教えてください。

『見たことのない文化財』番組公式ホームページ

NHKと東京国立博物館がタッグを組み、文化財を最新テクノロジーで3DCGにする「8K文化財プロジェクト」。実物の展示では見ることができない貴重な文化財のアップや裏側、内部までを鑑賞し、デジタルアーカイブとして保存する。

国見:一言で言えば、「文化財を穴が開くほど徹底的に鑑賞する番組」です。貴重な文化財を3Dスキャナやフォトグラメトリーを用いて3Dモデル化し、これを使うことで通常の鑑賞方法では不可能な角度や、絶対に近付けないような至近距離から見て頂くことを目的とした番組です。従来の文化財を扱う番組は、研究者の新たな発見や有力な説を紹介するものが多く、ストーリー仕立てのものが大半を占めていました。『見たことのない文化財』では、とにかく文化財そのものの一本勝負で、徹底的に見ていくということをやっています。例えば、東京国立博物館が所蔵する重要文化財の「遮光器土偶」は皆さんもショーケースの向こうで見たことがあるかと思いますが、実は近付いて見ると頭部に彩色の跡が残っていたり、内側に指で馴らした跡が残っていたりするんです。今までにない角度や距離で見ることで、当時の縄文人の価値観や制作意図のヒントを探り当てることができますし、文化財に興味がなかった方にも驚いて頂けるような番組になっているかと思います。

<第6制作ユニット>新領域開発 チーフプロデューサー 国見太郎 氏

 

――『見たことのない文化財』の企画経緯やプロジェクト沿革について教えてください。

国見:ことの経緯は私から説明しますね。2020年3月、奈良県の法隆寺が所蔵する「百済観音」が東京国立博物館で展示されるということで、23年振りに東京にやって来たのです。春からの特別展に合わせてNHKのカメラクルーが撮影に出向いており、我々もぜひ3Dスキャンなどでデータ化を試みたいということで同行させて頂きました。しかし、コロナウィルスの影響で展示会は休止となってしまい、23年振りの特別展は幻となってしまいました。ただ、ここで3Dデータを取っていたことで、「別の方法で展示ができるのではないか」という発想に繋がりました。コロナ禍で休館してしまった博物館が世界各地にある中で、このようなデジタルアーカイブは展示・保存の両面から非常に価値があり、この技術の将来性に対して私たちと東京国立博物館側のモチベーションが一致したため、2020年9月から共同研究のプロジェクトを立ち上げました。その後、東京国立博物館が所蔵する貴重な文化財である「遮光器土偶」や「洛中洛外図屏風 舟木本」を3Dモデル化し、これを番組で活用させて頂く運びとなりました。

鈴木:本番組は、技術的な特徴で言えば「8K映像」がテーマになっています。スタジオ内の8Kプロジェクターと特殊な450inchスクリーンを用いて投影したほか、8Kモニタに投影して演者の方と一緒に撮影したりといった手法を採用しています。あまりにも高精細なので、試写会の時点でも「合成なのか?」と思われていたくらいで、技術サイドとしても良い挑戦ができたと思っています。

「遮光器土偶」は東京国立博物館が所蔵する重要文化財のひとつで、縄文時代(晩期)に制作された祈りの道具と考えられている。3Dモデル化された遮光器土偶は頭部の彩色の跡まで詳細に確認できるほか、中空となっている内部の様子も確認することができる。

 

「洛中洛外図屏風 舟木本」は東京国立博物館所蔵の国宝で、京都の市中と郊外を描く洛中洛外図のひとつ。6曲1双、紙本金地着色で、描かれた人物は2700名 を超える。

 

――技術面についてお伺いします。『見たことのない文化財』はリアルタイムCGを活用したとのことですが、ワークフローの中核にUE4を採用した理由について教えてください。

鈴木:通常、8Kレンダリングは非常に長い時間を要します。画像サイズだけで言えば16倍ですし、操作から生成を考えると16倍では済まないほどのリソースになっています。国見から番組の相談を受けた時、「通常の3DCG制作のフローを踏襲するだけでは、プロジェクトとして困難な道を進むことになるだろう」という話をして、最初からリアルタイムCGありきでスタートしました。番組内でも鑑賞する角度や近さを制限したくなかったため、自由度を持たせることのできるリアルタイムCGが最適だろうという判断もありました。実は、このプロジェクトよりも6,7年ほど前に、NHKとして8K映像をUE4で出力する実験と展示を行っていました。この頃はDVIケーブルを16本接続しないと画が出ないという状況ではありましたが、この当時から「8K開発を行うのであればリアルタイムは必須だろう」と感じており、脈々と部内での開発は続けていました。UE4は当時から大量の画像を一度に取り扱える機能がありましたが、現在はバーチャルテクスチャによってさらに高解像度テクスチャをうまくハンドリングできる時代になって来ましたね。

NHK メディア開発企画センター 鈴木 聡 氏

 

――ここからはもう少し詳しくUE4での作業についてお伺いします。スキャンデータを受け取ったあとの、ヒストリアでの業務の流れを簡単に教えてください。

天見:最初にスキャンデータをUE4環境にインポートするための最適化を行いました。今回は要件としてVR/ARへの対応がありましたので、見た目に影響のない範囲でポリゴンをリダクションする必要がありました。使用ツールはMayaで、最初に受け取った「百済観音」は見た目に影響の少ない範囲で477万ポリゴンから250万ポリゴンまで削減を行い、その後頂いたテクスチャもUE4に向けたライティング設定などを行いました。

橘内:インポート後の作業は私の方で行いました。ルックの部分は天見がばっちり決めてくれていましたので、私は「どういった演出がしたいか?」のヒアリングを行いながら、機能実装を担当しました。番組出演者はゲームパッドを操作して、リアルタイムに文化財を近づけたり、回転させたり、場合によっては内部にまで入って鑑賞することができますが、操作面に関しては仕様から実装までヒストリア側からの提案型でつくっていきました。

 Varjo社製VRデバイス「Varjo XR-1」でリアルタイム描画を行う際、ハードの制約から3Dモデルを4,778,801ポリゴン以下にリダクションする必要がある。また、全体で1つのメッシュとなっている場合、モデルの1部分が画面に映るとメッシュ全体が画面外で描画されてしまうため、出来る限りパーツを細かく分解して負荷軽減を行っている。

 

――コントローラー操作については仕様策定から実装まで橘内氏がやられたとのことですが、なにかこだわりはありましたか?

橘内:TV番組ということでカクカクしたいかにもCGらしい動きを減らそうとして、例えば「遮光器土偶」であればくるくると回転させたあとにピタッと止まるのではなく、わずかに慣性を付けています。また、回し過ぎて良く分からなくなった時のためにリセットも可能になっているのですが、そこもカメラをパッと切り替えるのではなく間にブレンドを入れてスムーズに変化するよう工夫しています。コントローラー操作は何も考えずにやるとラジコンのようになってしまうのですが、演者さんのためにより直感的にしようと考えました。

ヒストリア・エンタープライズ エンジニア 橘内 正貴 氏

 

――後編へ続く。

【特別対談】『見たことのない文化財』ー8K映像で美しく再現された文化財の裏側を制作陣に訊く【後編】

 


今後の放送スケジュールはこちら

【BSP】
4/7(水)午前10:45~11:14「遮光器土偶」
4/14(水)午前10:45~11:14「洛中洛外図屏風(舟木本)」
4/21(水)午前10:30~10:59「百済観音」

【BS4K】
4/13(火)午前10:00~10:29「遮光器土偶」
4/20(火)午前10:00~10:29「洛中洛外図屏風(舟木本)」
4/27(火)午前10:00~10:29「百済観音」

【BS8K】
4/11(日)午後3:00~3:29「遮光器土偶」
4/18(日)午後3:00~3:29「洛中洛外図屏風(舟木本)」
4/25(日)午後3:00~3:29「百済観音」

4/13(火)午後2:05~2:34「遮光器土偶」
4/20(火)午後2:00~2:29「洛中洛外図屏風(舟木本)」
5/11(火)午後2:00~2:29「百済観音」

4/23(金)午後5:00~5:29「遮光器土偶」
4/30(金)午後5:00~5:29「洛中洛外図屏風(舟木本)」
5/7(金)午後5:00~5:29「百済観音」

『見たことのない文化財』番組公式ホームページ